インフィニティウイズ・・・アメリカ研修、インターンシップ、働くを実現するJ-1ビザ

今日は、今までのJ-1ビザの遍歴、遷り変わり的なお話を少ししてみます。

私は、J−1ビザの仕事に携わってかれこれ14年ほどになるのですが、このJ−1ビザ業界ではなかなかの長寿経験年数を誇っていると思います。

特に日本人に限定すると、ますます長寿です!しかも相当ニッチなビジネスですね。

継続は力なりということわざにもありますが、同じことを長く続けることってすごいですね。
良いことばかりです。
初めは、それほどJ−1ビザやアメリカのこと、業界でキャリアを積んでいきたいなんて思ってなくても、同じ道を継続し続けているとそれがプロフェッショナルになります、スペシャリストになっていきます。
そのおかげで今の私はたくさんの恩恵を受けています。

さてここからJ−1ビザ遍歴のお話です。

私がJ−1ビザに携わる仕事を始めたのは2003年からですが、おそらく2000年ぐらいから日本国内の留学斡旋会社(エージェント)と呼ばれる会社が、J−1ビザのインターンシッププログラムを販売し始めていたと思います。

2003年に私が始めた頃も、J−1ビザってなんだ?どうやってとるのだ?簡単に取れるのか?どんな人が取れるビザ?という疑問だらけでしたが、アメリカ在住で現地で留学生サポートをしている日本人の方と当時、私が働いていた会社のマネージャーがアメリカ出張の時に知り合ったのが、J−1ビザのインターンシッププログラムを販売するきっかけになりました。

2003年 J−1ビザインターンシップを取り扱うエージェントが増えていき、J−1ビザ利用者が増大。特にハワイやグアムのウエディング業界やネイリスト、美容師などでJ−1ビザが利用できたので、ウエディング、美容業界は日本人の人材が特に必要な業界ということもあり、J−1ビザ使用率はかなり高かったです。現在ではこの業界は、仕事させるための労働力に使われるため、全て禁止になりました。


2004年〜2005年 911のテロの影響によりビザ申請面接が必須化、ビザ審査が厳格化 J−1ビザ不遇の時を迎える。

2003年からテロ対策の一環としてアメリカのビザを申請する方は、アメリカ大使館でビザ面接を受けることが必須化されました。
その影響を受けてこの間1年ぐらい、J−1ビザ却下率70%という不遇の時でした。
申請しても70%が却下。J−1ビザなんて申請しちゃダメだって感じでした。

この時期は、J−1ビザのプログラムをお客様にオススメできなかったですね。
申し込みしていただいても、高い確率でJ−1ビザ取得できないですから、詐欺の一歩手前になってしまう状態でした、、、

2006年ごろから、徐々にJ−1ビザ復帰の兆しが見えた頃に、、、

2007年 移民法によるJ−1ビザ法改正
この法改正で、大学や短大の専攻との関連性がない職歴の方は、5年以上のJ−1ビザでの研修分野に関連した職歴が申請条件として必要、留学生の方がアメリカの学校卒業後に1年間働く経験ができるOPTビザを取得した後にJ−1ビザの申請をすることが禁止されました。
それまでOPT終了者がアメリカに滞在できるビザをキープするためにJー1ビザを利用していたのですが、そのような留学生が多くなったことで、Jー1ビザの本来の目的から外れてきていることを懸念した法改正の一つでした。

それ以外にも、J−1ビザは一生涯に一度しか申請できないという法律から、アメリカ国外で2年以上職歴を積めば、2回目のJ−1ビザ申請をすることができるという法律に変更、美容業界でのJ−1ビザ研修は禁止、ウエディング業界は禁止ではないが、審査はかなり厳格化、、、と主な法改正内容をあげましたが、大幅なJ−1ビザの法改正が行われました。

この法改正を境にJ−1ビザの申請条件が厳しくなったこともあり、J−1ビザプログラムの取り扱いをやめるエージェントが多くなり、競合他社がすごい淘汰されました。

と長くなっていきますので、今日は前半戦ということでここまで。

2007年以降のJ−1ビザ遍歴の後半戦はまた後日アップいたしますので、お楽しみに。

 

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